更に雪についてのアレコレ。

今朝、主さまが切なそうに鳴き喚いていました。もう起きる時間だろうか?まだ早いんじゃ・・・?と思ったのですが、何やらカーテンの隙間から窺える外の様子がいつもより明るいような…ということで、慌てて飛び起きて部屋を出ると、トイレから母の声が(^^;)「まだ早いよ〜」
確かに、いつも起きる時間より1時間ほど早い時間でした。母がトイレに入ったのが寂しくて鳴き喚いていたようです。
そして、外を見て納得。明るく感じたのは、雪が積もって地面が白かったから。朝陽が雪に反射していたのですね。
だまされて起きておいて言うのもなんですが、明るく感じるといっても、太陽の光が射し込んでくるのとは、あかるさの種類が違うように思います。
この雪明りってやつが、場面が夜だと「白い闇」(T.M.Revolution)になるわけね。と思ったので、おもむろに「白い闇」を聴いてみたのでした。
でも曲の雰囲気に合わせるには、ちょっと雪の量が足りない。
この歌詞は、某掲示板では「雪山心中」とか言われていましたが(笑)倫ならぬ恋の歌、ともとれます。別れようとするのだけど、結局未練タラタラでずるずる続いていく二人、みたいな。男のほうが二股!
雪山心中でもいいですけど。どちらにしろ、ストリングスの美しい名曲なのに、歌詞のシチュエーションがミもフタもない事態ばかりを連想させます。求む、新解釈!

あと、3月に雪が降ると思い出すのは、梅の花。
もう咲いていますね。これもまた中学のとき、梅の花が咲いた後に大雪が降った日のことです。
他人様の家の庭先に咲いている紅梅の上に、雪が積もっていました。
それがまあ、白い雪に梅の紅が映えて、一層色が鮮やかに見えて、なんとも言えず美しかったのですよ。他人の家の庭の梅なのに、しばらくそこを動けず見とれてしまうくらい、感動的な美しさでした。
その紅が、寒さにひるまず、頬を真っ赤にして歩いている女の人を連想させました。静かで、強く、美しい。こういう人間になれたらいいなあ、と中学生のお子ちゃまは梅の木を見て思ったのでした。
もしかしたら紅天女でも見たのですかね(笑)
今の自分ですか?そういう人に、なれてません。一生無理な気がします。